Ariyakudi Ramanuja Iyengar

(1890-1967)

1890年5月19日、占星術の家系に生まれる。≪Pudukottai Malayappa Aiyar≫の下で学んだ後、当時名演奏家として名高かった≪Namakkal Pallavi Narasimha Iyengar≫に学ぶ。 そして、11歳より、ティヤガラージャの直系の弟子であり、その再興に尽力した声楽家・作曲家≪Ramanathapuram Srinivasa Iyengar≫の下で研鑚を積む。

彼が活躍し始めた時代は、丁度、世代交代の時期であった。それと同時に、カルナーティック音楽を取り巻く環境が、大きく変わり始めた時代でもあった。 それ以前は、カルナーティック音楽化は、≪バラモン≫として寺院に付き、領主などの庇護者を得てきていたものの、領主などの没落などによって、その庇護が得にくくなってきていた。 その中で、彼は、カルナーティック音楽を受用する人達へ、積極的に門戸を広げていったことでも知られている。

特に、今までの演奏会の形態をもっと、一般になじみやすいものへと変えて行き、現代の演奏会の形式を確立したことについて、高く評価されている。 それまでの、演奏会よりも、アカンパニストの地位を際立たせ、それ以外にも様々な変化と改良を加えていっている。 その中でも、それまで、取り上げられることのなかった、民衆歌などを取り上げるようになったことは、大きな変化であった。 一般にもトラディショナルとして良く知られていた≪Arunachala Kavirayar≫(6世紀)や、Anda(716-732)などの曲を現代のカルナーティック音楽に再創造したことことの評価は高いものがある。 また、彼は、教育者としても、インドでの最初の≪Music Academy≫の創設に尽力を果たしたことでも知られている。

彼の活躍の背景には、≪Ramanathapuram Srinivasa Iyengar≫の優れた弟子ということと、レパートリーの豊富さもあったが、まず第一に、その声の魅力にあった。 その声は、声の中自体にタンプーラがあるとも称せられるほど、バランスの取れた、伸びのある声を持っていた。 その声とともに、≪Niraval≫・≪Karpana Swara≫の展開の素晴らしさで、知られることとなったのである。

実際、現在残されている彼の演奏に、その声の魅力は記録されている。その声は、真っ直ぐと遠くに通る声であり、バネがありながら、濁りのない透明な声である。 その声で、非常に正確な≪Akala≫と≪Gamaka≫を駆使し、≪Niraval≫・≪Karpana Swara≫の展開が繰り広げられる。 気品と格調を合わせ持ち、引き締まったその演奏は、聞いていて、いつの間にか清清しい気持ちにさせる力がある。 実生活でも、彼は、声と同様に、清廉な人柄で、いつも笑顔であったということである。 事実、残されている彼の笑顔の写真は、実に、こちらの心を清清しく刺せるものがあることも付記しておこう。1967年没。
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