Maharajapuram Viswanatha Iyer

(1896-1970)

1896年9月15日生まれ。ティヤガラージャの孫弟子にあたる≪Umayalpuram Swaminatha Iyer≫と、≪Ragappa Iyer≫の下で学び、十代の始めにデビュー。 30代の時に、一時、演奏会から退くものの、デビューから、約半世紀に渡って活躍した。

その生涯で最も良く知られているのは、彼のティヤガラージャに対しての帰依の深さである。彼の生涯は、ティヤガラージャに捧げられたといっても過言ではない。 三大楽聖のほとんどの曲をレパートリーとしていたものの、実際の演奏会の曲目のほとんどが、ティヤガラージャの曲で占められた。 特記すべき功績は、それまで埋もれていたティヤガラージャの数々のクリティの発掘である。 そして、ティヤガラージャの棲んでいた≪Tiruviyaru≫で、≪Annual Aradhana Festival(Thyagaraja Music Festival)≫の開催の発起人の中心人物となったこともまた重要な功績であった。 現在、この≪Thyagaraja Music Festival≫は、南北インド古典音楽で、最も重要な音楽祭の一つとなっている。
彼の演奏で評価されたのは、ラーガの展開力と、≪Kalpana Swara≫の創造力であった。中でも、≪Alapana≫の見事さは、良く知られている。 一般の≪Alapana≫では、低い音域から徐々に展開する中で、ラーガの核を示すのに対し、彼の場合は、ラーガの核を最初に提示し、展開の前にオクターブ上の音形を描く。 その≪Alapana≫は、叙情性を持ちつつ、自在なものであった。中でも、≪Mohanam≫≪Aarabhi≫≪Kamboji≫≪Kaliyani≫≪Darbar≫≪Panthuvarali≫≪Hari Kamboji≫≪Khamas≫≪Todi≫は良く知られ、 特に、≪Mohanam≫は、傑出した魅力を持っていた。そしてまた、≪Kalpana Swara≫も、緻密でありながら、ヒンドゥスターニー音楽の要素も取り入れた、自然な感興と、自由な閃きに満ちたものであった。

映画を好んだり、お洒落好きであったりと愛すべき人柄でも人々から慕われていたが、そのユーモアを解することでも良く知られていた。 コンサートでミスをしたときなど、それを冗談にして会場に笑いを誘い、和ませたりした公私の逸話は尽きることがない。

晩年は、一線から退き、高弟の≪Semmangudi Srinivasa Iyer≫や息子の≪Maharajapuram Santhanam≫らに道を譲る。 そして彼は、住居を移し、ティヤガラージャの墓所に毎日参拝し、何時間も歌い続けていた。そして、そこで入滅を迎えることこそが夢にまで見た望みであったと伝えられている。 事実、彼は、その土地でこの世を去った。1970年没。
試聴 Music India OnLine
*Thyagaraja → Manambuchavadi  Venkatasubba Iyer→ Maha Vaidyanatha Iyer
→ Umayalpuram Swaminatha Iyer → Maharajapuram Vishwanatha Iyer