Bharathi

Sayaji Shinde, T.R.Gajendran Gnana Rajasekaran Ilaiyaraja
Devayani 2000

   

   

   


【ストーリー】

 後にインド独立の闘志であり、大詩人となるスブラマニヤ・バーラティ(サヤージ・シーンデ)は、1882年エタヤプーラムで産まれた。彼は、小さい頃から、芸術に興味を持ち、有り余るほどの才に溢れていたが、父親は、家業をもっと広げる実業家になることを期待していた。しかし父は、自らの夢を乗せた輸送船が火事に襲われたショックで死んでしまう。バーラティの母も、幼い頃に死んでいたため、彼は独り身になる。その彼を、叔父は、家に迎え、彼は、知性溢れる若者へと育ってゆく。

 やがて彼は、11歳にして宮廷詩人となり、王から≪バーラティ≫の名を貰ったのを契機に、幼児婚していたチェルマー(デーヴァヤニ)と正式に結婚する。しかし、彼の興味は、世俗的な歓びにはなかった。そのため、彼は、人々が思いもよらぬ、奇抜な行動をしばしば取る。結果、彼は、宮廷の職を追われ、家族は、窮することとなる。そこで、彼は、故郷を離れ、マドゥライで職を求めるのであった。

 彼は、マドゥライで一時期働くものの、やがてマドラスで、週刊誌の編集委員として働くようになる。彼は、イギリスの圧制、カースト差別による悲劇、女性の地位の低さなどに対しての批判記事を書く。そして、ヴァンチナータンやスブラマニア・シヴァらと共に、船舶会社を設立し、独立政府に対し、風穴をあけようと活動し続ける。しかし、その活動によって、追われる身となり、、フランス統治下にあるポンディシェリーに逃げるのであった。

 ポンディシェリーで彼は、『バガヴァット・ギーター』のタミル語訳や多くの詩や曲を残すこととなる。しかし、そこでの暮らしも楽なものではなかった。それでもバーラティは、精力的に活動し続け、特にカースト差別に対しての批判精神はより過激なものとなってゆく。それに対し、保守的な妻のチェルマーは、娘の結婚問題なども絡み、とうとう家出してしまう。バーラティは、ショックを受け、放心状態となってしまう。しかし、妻は、娘を実家に預けるために、家を離れていた。戻ってきた妻に対し、事情を知ったバーラティは、離婚せんばかりに怒るものの、気を取り直すのであった。

 やがてバーラティは、マドラスで戒厳令が解けたことを知って、マドラスに戻ろうとする。しかし、その途中で彼は、逮捕され、刑務所に入れられる。程なく、彼は釈放される。そして彼は、故郷のエタヤプーラムに戻り、住むこととなる。

 しかし、そこでも彼は、奇抜な行動や、カーストを無視した行動で、ブラーミン社会から反発を受ける。そしてとうとう、ムスリムに対しても分け隔てなく付き合う姿を見たブラーミン達から追い出されてしまう。彼は、嫌がらせを受けながらも、村外れで自然と対話しながら、充実した生活を送るのであった。

 しかし、バーラティが、気ままに行きながらも、妻のチェルマーは、ブラーミン社会の中で、板ばさみになりながら辛い思いをしていた。そして、娘の結婚話が持ち上がり、チェルマーは、バーラティに相談せずに話しを進める。しかし、結婚式の当日チェルマーは、そのことをバーラティに打ち明ける。そのことを聞いたバーラティは、自分が、その苦しみを産んだいるのだと悟り、素直に、ブラーミンの振る舞いをもってして、結婚式に出席するのであった。

 それからもバーラティは、トラブルメーカーであり続けた。そして再びマドラスに舞い戻ることとなる。そこで、彼は、独立運動の先頭に立って活動する。そして、独立運動の人々の間では、彼の作った曲が、運動の指針を与えるものとして広く歌われるようになる。彼も、会員の求めに応じて、しばしば海岸でのミーティングなどで歌うのであった。

 その中で、インドでは、独立に向けて新しい動きが生まれていた。ガンジーであった。バーラティは、彼と会い、是非、集会に出席してもらいたいと招待するものの、その願いはかなうことはなかった。

 彼は、ある日、寺院の象に供物を与えていた所、逆に襲われてしまう。そのときの怪我がきっかけで、彼は体調を崩してしまう。それでも、無理を押して、彼は、ガンジーの運動を積極的に支持する文章を書き綴る。しかし、とうとう彼は、長年の無理がたたって、息を引き取るのであった。1921年39歳で没。


【コメント】

 タミル語文化の復興に大きな足跡を残し、インド独立の闘志であり、大詩人として尊敬されているスブラマニヤ・バーラティの伝記映画。何一つとして、遊びのない、真剣勝負の、直球の作品。それでいながら、ひとつひとつの画面の光と色合いとが見事に絡み合った構図など、非常に高いレベルの作品。

 マラーティ語映画の俳優の、サヤージ・シーンデは、他にはありえないほどの適役の演技。妻の役のデーヴァヤーニも、一場面として、笑顔の場面がないという損な役回りでありながら、素晴らしい演技。それにしても、女性の女神性を讃える詩人でありながら、実際の家庭では、かなり、妻に苦労させていることに、ある意味感慨深いものもある。音楽も、さすがに、大詩人(音楽家)の映画だけに、充実したできばえ。

 それと、シヴァージ・ガネーサンの代表作のひとつでもある《KappalotyaThamizhan》も合わせて見ると理解がより深まる。



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