Iraniyan

Murali, Raghuvaran, Vadiveru Vincent Selva Deva
Meena 1999

   

   

   


【ストーリー】

 ムラーリ(イラニアン)は、自由の闘志である。彼は、イギリスの統治に抵抗し、インドは独立を勝ち得た。そして彼は、自分の故郷へと戻ってきたのであった。そして、村に戻った彼は、叔父の娘のミーナーと結婚することになる。そして、盛大に、婚約の式が執り行われる。その式に、ミーナーを狙っていたヴァーディヴェールも来るものの、ムラーリを前にして、腰砕けになってしまうのであった。ムラーリもミーナーも、幸せな結婚式が直ぐに、出来るものだと信じていた。

 ラグヴァランは、その土地で横暴なザミンダールとして君臨していた。彼は、自分の意に添わないものは、平気で処分する人間であった。それに対し、領民は、彼を恐れていた。ラグヴァランの横暴に反感を持っているムラーリは、その圧政を見て、立ち上がる決心をする。そのために、彼は、ラグヴァランを恐れる村人達から反目される。ムラーリは、ミーナーとの結婚をもやめて戦うことにする。そして、村人に対して傲慢なラグヴァランの息子を殺してしまう。それで、ムラーリは、森林に身を隠すのであった。

 息子を殺されたラグヴァランは、ムラーリの居場所を白状させるために、ムラーリの父親を拷問にかける。何も知らない父親は、何も話さない。そこで、ミーナーの家を取り調べ、辱めを受けさせたのであった。それが原因で、ミーナーの父親は死んでしまう。

 ラグヴァランとグルになっている警察の取調べは、村中で厳しく続く。しかし、ムラーリたちを応援する人々も中にはいた。彼らの助けで、ムラーリは、村を脱出するのであった。森で、ムラーリと共に戦う同士は、警察の母親を誘拐し抵抗しようとする。しかし、ムラーリは、それでは、自分達も同罪だとして、開放するのであった。

 ムラーリたちの活動で、領地の人々の考えは少しずつ変わっていっていた。それに対し、ラグヴァランは、見せしめとして村を襲う。しかしムラーリは、村人を助ける。そこに最後に、警察が駆けつける。警官は、ムラーリを撃つチャンスを得る。しかしその警官は、仲間の命を助けるためと、実は母親を開放したムラーリを撃つことは出来なかった。そのことで、その警官は、ラグヴァランによって殺されるのであった。

 警察の捜索は、より厳しく大々的になっていっていた。その中で、仲間も失い、ムラーリは、崖から川に飛び込み、追っ手から逃げる。そして彼は、ある家の人に助けられる。その家は、ミーナーの家であった。ミーナーは、辱めを受けたこと、ムラーリと関係があったこと、ムラーリを愛していたことなどから、結婚していなかった。ミーナーの母親は、ムラーリにぜひ結婚してくれと頼むのであった。そして、二人は、結婚する。しかしそこに、ヴァーディヴェールが、やってきて、警察を呼ぶ。二人は、危ない目にあいながらも、逃げ切る。

 二人は、危険を避けるために、ムラーリは、森に住み続け、別々に過ごす。やがて、ミーナーは妊娠する。彼女が、ムラーリの元を訪ね、帰る時、陣痛が始まってしまう。その場をたまたま通りかかった医者によって、彼女も子供も無事であった。

 村では、よりいっそう圧政が続いていた。村で、ラグヴァランの傲慢な祭りが行われる。その祭りのクライマックスは、巨大な神像に、彼が矢を放ち焼き尽くすというものであった。ムラーリたちは、祭りに忍び込み、ラグヴァランのもう一人残っていた息子をその神像の中に、閉じ込め、焼殺する。

 息子を失った怒りに、ラグヴァランは、村人を大量毒殺することにする。その毒が料理に加えられているのを見たヴァーディヴェールは、それは無茶苦茶だと言って、皆に知らせようとするものの、ラグヴァランの従者に殺されてしまう。ムラーリは、それを知り、ラグヴァランの下まで出向き、従者の首を刎ねる。そして、ザミンダールの地位を降りろと言うのであった。

 ラグヴァランの元に、ミーナーを助けた医者がやってくる。ラグヴァランの圧政を聞き、ムラーリとの仲裁をしにやってきたのであった。医者は、そこで、土地の権利書のサインを受け取り、最終調印をするため、村人の前でムラーリとラグヴァランを対峙させることにする。しかし、村の男達の中には、全ての混乱の現況は、ムラーリの仕業だと思い始めている人々が出てきていた。そしてそれは、ラグヴァランが、最後の逆転を狙っていた状況であった。


【コメント】

 それほど評価の高くない作品である。しかし、実際のその映画の持ちえているものは、予想以上に大きい。一般的な映画とは、かなり異なる位相から見ていかなければ、魅力に気付くのは難しいかもしれない。言ってみれば、世界各国に残されている【神話】の位相を感知しながら見るべきものかもしれない。隠喩に隠喩が重なっており、因位で、全てが通底している。一回ではなく何回か見る必要があるともいえるが、見れば見るほど、心の中で咲くものは大きくなっていく作品であると言ってよい。ヒントとしては、最初の場面が、全体の基調音になっていることと、各ダンスシーンに移行するときの『間』の取り方をきっちりと捉えきることだろう。直接的に見るのではなく、心眼で見たほうが良い作品である。何時の間にか、南インドの薫風に包まれる感があり、大画面で見るのと、そうでないのとでは、大幅にその感じ方が変わる可能性もある。非常に高度な表現様式をもっているため、一般的には、それほど面白みはない、ストーリーに引っ張られて低評価へと繋がっているのだろう。正直な話、この映画においてストーリーは、付け足しにしか過ぎないと言って良い。

 音楽も、デーヴァの中でも秀逸のもので、ミーナーの最大の美点である線の美しさを捉えきったダンスも素晴らしいの一言。ミーナー・ファンが、このダンスシーンだけのために見ても全く、損にならない作品。憎々しいラグヴァランの演技も良い。



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