
最近のカルナーティック音楽の状況は、ある意味では当然ではあるものの、大幅にその指向性が異なるものとなってきている。その変化の中で顕著なのは、次の三点である。 1. テンポの上昇 2. ターラの分割からリズムへ 3. 理知的な演奏から情緒的な演奏へ これらの傾向は、様々な要因があるものの、1970年頃から強くなってきたものである。カルナーティック音楽で、巨人と称せられる演奏家が、数多く活躍し、黄金期と呼ばれているのは、1960年代までである。その輝き、つまり、三大楽聖を輩出した19世紀からの伝統の残り香があったとされるのが、1980年前後までであると言われている。そしてその輝きとは、言うまでもなく、三大楽聖の音楽を直系で伝える人々が、その伝統を代々伝えてきていたことにある。その伝統の伝達が、希薄になり、モダナイズすることが重要視されるようになることによって、その指向性が変化してきたと言える。 例えば、ヴァイオリンである。ヴァイオリンは、ヨーロッパで、16世紀中期には完成されるが、大航海時代と呼ばれるその時代、ほぼ同時期に、インドに持ち込まれている。カルナーティック音楽におけるヴァイオリンに関して、現在残されている確実な伝承としては、ムットゥスワミ・ディクシタールの弟であった、バーラスワミ・ディクシタールにその起源はあるとされている。そしてそれ以降の本流のヴァイオリンの系譜は、次である。 ・Balaswami Dikshitar ( 1786-1859 ) ・Vadiveru (1810-1845) ・Tirukodikaval Krishna Iyer ( 1857-1913 ) ・Malaikottai Govindasamy Pillai ( 1879-1931 ) ・Papa Venkataramaiah (1901-1972) ・V. Tyagarajan (1927- ) ここで最後に書かれている“V.Thyagarajan”が、現在、本流ヴァイオリン音楽の最後の伝承者となっている。しかし、彼には、自分自身のスタイルをきちんと教えた弟子はいない。一方で、この“V.Thyagarajan”とは別に、彼の父親であった“Papa Venkataramaiah”のスタイルを基に演奏をしている演奏家もいる。“T.N.Krishnan”である。しかし、その彼にもまた、そのスタイルを伝承しているのは、彼の娘と息子だけであるものの、その音楽性は、だいぶ違ったものとなっている。つまり、ここにおいて、カルナーティック音楽の本流ヴァイオリン音楽の伝統は、途絶えてしまうそうな状況となっている。 このことは、ヴァイオリンに限らず、ヴィーナでも、同様である。実は、私達が、現在見たり、聞いたりしているヴィーナは、元々のヴィーナではない。三大楽聖は、それぞれ、ヴィーナの名手であったとされている。中でもムットゥスワミ・ディクシタールは、飛び抜けた名手であったと言われている。現在、この三大楽聖の肖像画を見ると、ディクシタールは、ヴィーナを横に構えて弾いている。しかしながら、これは、後年、恐らく今世紀の半ば頃から、横に構えるヴィーナが主流になってきたことから、書き換えられたものである。ヴィーナとは、元々、竪琴に近いもので、大きな楽器ではなく、やがて中世において、現在のような形に落ち着くようになったものの、縦に構えて、せいぜい 80〜90cm 程度の大きさのものだったのである。 これは、演奏家であると共に、楽理的な知識も豊富であったナーゲシュワラ・ラオから、言質を取った人から聞いたものである。実際、ナーゲシュワ・ラオの年少の頃は、その大きさのヴィーナで演奏していたということである。しかし、時代の変化の中で、楽器の入手が不可能になって、一般に見られる現在のヴィーナで演奏していたのだということである。 ヴィーナの大型化は、現在のコンサート・スタイルが始まってからのものとみられる。現在のコンサート・スタイルは、原音をアンプリファイして、大きな会場で行われる。しかし、その中で、その大きな会場に最もそぐわない楽器なのが、ヴィーナである。 元々のヴィーナは、それほど小さい楽器であったため、主要な使い方は、耳元でポロンポロンと爪弾くものであって、せいぜいサロン程度の広さの場所でしか、演奏できないものであったのである。大きく人々に聞かせるというよりもむしろ、個人的に静かに、たしなむといった感じであった。ある意味では、吟じるように唄うための楽器だったのである。そして、このたしなむ程度の音量で良いのであるならば、現在のようにピックを使って弾く必要もなく、指の腹で弦を押し弾く感じで演奏されていたのである。そのため、現在のように、この大きさと演奏法を考えると、現在私達が聞いている金属的な音とは全く異なる音であったのは言うまでもないのである。恐らく、近いものとして上げられるのは、中国の古琴のような、時間感覚で演奏され、リュートみたいな音であったと考えられる。実際、辛うじて残された、その小さなヴィーナによる演奏による録音は、実に素晴らしく、可愛らしい響きをしている。 そのことを現地の人達も薄々と気付いているようである。現地では現在、「良いヴィーナ奏者がいない!」との意見がもっぱらのようである。その背景を考えてみると、「これがヴィーナ音楽!」として持てはやされている≪バーラチャンダー≫や≪チッティ・バーブ≫といった演奏家の音楽は、かなりモダナイズされたヴィーナ音楽であると言って良い。古くて、正統的であれば、何でも良いと言うものではないものの、彼らの作り出す音楽は、あまりにも性急で、自己演出が過ぎる。そして何よりも、音が汚い。あれはあれで良いとは思うものの、本当のヴィーナの音楽は、もっと優しい響きを持っている。彼らよりも、むしろ、邪道とも言えるエレクトリック・マンドリンの方が、本来のヴィーナの音に近いのではないかと思えるほどである。 また、この性急なテンポの採用は、近年器楽器において顕著である。これは、1970年代中頃から始まった、L.スブラマニアムの兄弟が、アクロバティックな早弾きで、脚光を浴びてからのものである。この系統に属している演奏家が現在ヴァイオリンなどに多くなってきており、彼らの根本的な欠陥として上げられるのは、早弾きをするあまり、ガマカが過剰に掛かりすぎ、声楽・ヴィーナを元にしたカルナーティック音楽とは全く異なった、純粋器楽音楽になっているということである。そのため、現在現地において、アカンパニストのヴァイオリン奏者から、ヴォーカリストの声がそのまま、ヴァイオリンで再現されることなど、ほとんどなくなってきている。 1984年に逝去した“M.D.ラーマナータン”という声楽家がいる。彼の演奏は、非常にゆったりと、大地のような安定感を持ったテンポ感を持っていた。そして、彼独特の低い声から、荘厳な演奏をすることで有名であった。彼は、ティヤガラージャ直系のラインの演奏家のひとりである。彼の演奏は、往年の演奏家を含めても、大部遅い部類に入るものの、実は、その彼が教えを請うたラインのことなどを考えると、実際に、三大楽聖などが捉えていた時間感覚は、彼のテンポ感と非常に近いのではないかと思われる。事実、三大楽聖が作曲したころのヴィーナの楽器性能から言って、現在ほどの早いテンポで演奏するのは不可能だったのである。 それと同時に、非常に往年の演奏家達の音源を聞くと、非常にロジカルな品格を持っている。しかしながら、現在現地では、情緒的な歌いまわしが主流となってきている。それは、1970年代から活躍し始めた、元々プレイバックシンガーであるイェスーダスや、その頃から急激に増加し始めた、女性音楽家の存在があるといえる。確かに、女性が人前で歌うことに対しての抵抗感が少なくなってきたことや、時代・社会が平和になることで、女性的な表現が強くなってきたことも上げられるのであろうが、それに対して、男性歌手が食えなくなってきたことも大きいと言える。 事実、現地においては、相当名の知られた男性歌手でない限り、独自の活動を許される状況ではないという。結果、彼らは、嫁入り修行として習いに来る女性達へのレッスン料が、生活費の中心になっているという。それは、それで良いことなのかもしれない。確かに、日本でも、江戸時代の芸事なども、その繁栄を支えていたのは、嫁入り修行の娘さん達であった。しかしながら、これは、カルナーティック音楽とは、だいぶ異なるものがあると思われる。江戸時代のこの事態は、元々その芸事が、お座敷芸などを中心に発展していったものである。そのため、実生活の地平線上から、全く離れることなく繋がっていたものである。しかしながら、聖と俗との垣根を越える側面はあったにせよ、曲がりなりにも、神に対するバラモンの男性結社から生まれたカルナーティック音楽である。その音楽が、受容層が変化することで、その方向性が大幅に変わってきたのは、いくつか考えなければならない部分かあるような気がしてならない。その背景が、理知的な表現から、情緒的な表現に変更しがちである原因であるように思われる。 確かに、事態は変化し、その音楽を取り巻く状況も常に変化する。その変化に対して、素早く対処するのも、その音楽の懐の深さとしてあるべきものである。そして、三大楽聖を、変に祭り上げ、テキスト至上主義のようにして、原典だけしか目に入らなくなるのには、問題があるであろう。しかしながら、現在のカルナーティック音楽の状況は、あまりにも、その本来持ち得ていた、豊かな土壌から離れつつあるような気がしてならない。もう少し、自分たちの本来を見つめ治すべきなのではないかとも思えるのである。実際、現地の人々も、そのことに気付いて、正確に伝統を継承している人々に着目するようになってきてはいるものの、それは、それだけ伝統と離れてしまったからこそ気付くようになってきているのであると言える。その大切なものが、失われてからでは遅いのである。今、それだからこそ、そのギリギリのタイミングにカルナーティック音楽は、直面しているような気が私にはするのである。 |