
![]()
古の叡智は、占暦に収斂する。古の人々は、月の満ち欠けや季節の移り変わり、その絶ゆ間ざる繰り返しを自然の摂理とし、神または天道と呼んだのであった。やがて人々は、その摂理の法則を探り、それを元に思索を展開し、利用せんとしたのであった。今とは一体いつなのか、我々は自然の移ろいの中で一体どこにいると規定できるのか。 我々は語るための場としての現在を踏まえ、その現在において語る主体が確定していることを基盤とすることで初めて語ることを可能とする。変化し続ける自然の中、つまり「過去→現在→未来」の時間の中で「私」の存在が、「あった、ある、あるであろう」と確定し、「私」は「私」という存在を持ち合わせるのである。噛み砕いて述べるならば、「昨日私はいたし、今日もいる。そして明日もいるであろう。少なくともその間、私は存在していた」とでもなろうか。 この中で最も重要なのは、過去と未来とを繋ぐ鎹である「現在」、それが明確に規定されることである。なぜならば、認識や思考の「行為」は「現在(今)」の「私」によって行われるからであり、我々は現在を基準点に時系列軸を作り出し「私」の存在する「場」を得ているからである。それ故、「現在(今)」を捕らえ切る作業は、「私」が「私」として存在する不思議と密接に関係していると言って良い。 厳密には以上の様になるのものの、実際問題、古の人々にとって「現在(今)」を知ることは、より具体的なものであったであろう。いつ気候は変化するのか、森の果樹が取れる時期はいつなのか、果たしていつ魚は回遊してくるのか、等々。彼らはそれらの必要性から、自然の中に繰り返しを見、その繰り返しの時間の長さを観察したのであろう。 繰り返しの周期を観察し続ける。そしてその周期を定型化する。それがやがて暦へと発展する。自然の中で繰り返される時間の長さが、一回の繰り返しごとにリセットされ、再び初めから始まるシステム、それが暦だからである。それ故、繰り返される時間の長さをある特定の単位として扱うこと、つまり暦というシステムを成り立たせる組織を決定すること、それが同時に暦の始まりだと言える。 この一連の流れの結果我々は、暦を獲得し、そしてその暦の中での位置を測ることで「現在(今)」を見いだすしたのである。こうして我々は、初めて時間の長さを認識できるようになったのであり、その繰り返しの長さの中のどこにいるのかをも判断できるようになったのである。そして我々は、ある特定の繰り返される時間の長さを一つの単位として規定することで「現在(今)」という場所を獲得したと言えるのである。繰り返しの始まりと終わりが確定するならば「私」の現在地は、その長さの分割により簡単に判別できるからである。 今述べたように、繰り返しの終わりが繰り返しの頭に戻ってくるということは、時間の長さが単位化され、「現在(今)」を提示することに重要な位置を占めている。これらの背景を古の人々は、現代の我々よりも自然なものとして受け入れる感性を持っていたと思われる。自分達ではどうしても及ばない力が始終、身の回りで起こっていたからである。それ故、古の人々にとって「時」とは、積み重ね続けるもの、つまり、一つの統一された時間が限りなく未来へと投射されるものではなく、常に一回ごとに回帰し、リセットされるものであったと言える。つまり、大きな自然の回帰するサイクルそのものが時間だったのであり、彼らはそれを何の疑問も、いや疑問という概念すら持たず −疑問とはその対象が対象化されることによってその緒がある− 受け入れていたのである。それが古の人々が、ある特定の時間を持って全ての事象が回帰することに、自然の摂理を見、神や天道を見た理由であり、回帰する「時」というものの中に人知を越えた何かを感じ取り、畏れた理由であろう。 その一方、現代を生きる我々は、ある統一された時間を意識によって定型化していると言えるのかもしれない。古の人々は複数の時間を同時に受け入れていたのに対し、現代の我々は統一されたある時間を頂点としたヒエラルヒーの下で生きているとでも言えようか。その最たる例は、西暦であろう。西暦は、キリストの生誕を初めとし、無限遠点としての最後の審判へとカウント・アップされ続ける。またそこでは月の満ち欠けなどに対しての注意は払われずに、ただ太陽の一年の周期のみにその運用の目的は持たされる。この暦を世界中のほとんどの国々が導入している。確かに、この暦によって、物事がより簡易になったとは言えるものの、その一方で古の人々が暦に対して持っていた神聖な感情から遠ざかっているのではないかという推測はあながち間違いではないと思われる。 暦が生まれるための背景は、以上のように示される。 一方、その暦が実際に生み出される過程、つまり暦における繰り返しの時間の長さを観察する中で相補的に発達したのが、数学であり、算術である。 何進数かの繰り返しによって成り立つ数とは、繰り返しの時間の長さを示すのが暦であるのに対し、繰り返しの量を司るものだからである。また、暦が一つの繰り返しごとにリセットされるのに対し、数は一つの繰り返しが繰り返されるごとにリセットされずに積み重ねられていく、つまりカウント・アップされる特性を持っている。そのため、数は知識などの蓄積とその応用に向いている。例えば、星を観察する時、その運行を記録するには、変化の量を単位として扱える何進法かの数のまとまりが必要であり、それを元にしてこれより先の動きもまた予想するのである。数字の量の増減によって変化の度合いとその傾向が判るからである。この作業の中で占術もまた生まれるのであるが、よりその予想を正確にするためにその測量術としての幾何学 −位置と移動の度合いを知るための− が編み出され、その計算としての代数学が発展する。それが数学・算術として収斂するのである。やがて、それら数学・算術の幾何学の部分が神聖なシンボルとしての使われ方をされ、代数学の中のある特定の数字が神聖な数として扱われるのである。それ故、これらのことを逆から見るならば、我々は、繰り返される自然の運行を見る時、それを数字により示されるものの中に見ていると言える。 古来より、音楽と数学・算術との近似性は指摘されている。 |
一般に有名なのは、古代ギリシャのピタゴラス学派であるが、世界の音楽の中、ペルシア音楽や中国の音楽の中にもその指向が強く伺える。中でもペルシア音楽の複雑な旋法の発達は、古代ギリシャの数学と音楽の研究、それを通してのアッバス朝におけるペルシア数学の発展と共にあったと言って過言ではない。旋法は、数学的分割、つまり線分の長さの分割の研究によって生み出されるからである。その発展と相補的な関係の結果が、ジュラーリ暦とも言われるペルシア暦である。この時代の天文学と数学のレベルは、非常に高く、その痕跡を現在のイスラーム世界で深く根付いているペルシア暦− ペルシア暦の精度は現在のグレゴリア暦とほぼ同等の正確さを持っている− や、それに基づく星占いなどに見ることができる。例えば、現代にも通ずる代数学の創始者として知られるフワーリズミーや、三角法などが考え出されたのも、このアッバス朝の頃である。またこのころの絢爛たる文化の中で多くの詩人が排出され、彼らの詩を詠み継いでいるのが現在のペルシア音楽である。少し余談になるが、このアッバス朝で花開いた文化は、やがて宗教に名を借りた十字軍の進入の結果、中世ヨーロッパの数学・音楽・進学と結びつき、古代ギリシャ文化の復興を促すこととなる。そしてその中で新ピタゴラス学派が生み出され、様々な分野に多大な影響を与えたことも付記してよいだろう。一方、古来より中国の音楽は、礼学としてその位置を占めている。つまり典礼に用いられられ、その中に天の意が秘められるとされてきたのである。音楽とは、そのようなものだ、と決定的な定義付けをしたのが孔子である。孔子は、その教えの中で音楽を重要な位置へと据えている。そのため、中国においては、音楽は、政(まつりごと)の中で重要な位置を占めるようになり、より発展したのであった。しかしながら私の考えでは、残念なことに中国音楽は、モンゴル帝国の進入によって甚大な負の影響を受け、現在に至っているように思われる。なぜならば、現在の京劇などに代表される中国古典音楽は、そこにおいて見られたであろうと思われるものとは多分に懸け離れているように思われるからである。人間の感情を表現する容れ物と言うよりも、礼学において書かれている音楽は、易経に代表される数学性を典礼の中で行ったとされているからである。孔子は、その晩年、音楽により心寄せるようになり、それと同時に易経を何度も何度も読み耽るようになったという。そのことから鑑みるに、孔子が音楽と易経との間に通ずる一点を見出していたと想像するに難くないと言えよう。 さてここでカルナーティック音楽である。108の≪ターラ≫と72の≪ラーガ≫を持つカルナーティック音楽である。カルナーティック音楽は、その最大の妙味を、数学性においている。 神に仕えるブラーミンの中でも音楽とその背景としての哲学、そのことだけを一生思索し続けることを職務とするカーストとして生まれてきた人々、その彼らが何代にも渡る積み重ねの中で見出してきたその音楽は、特殊である。≪ターラ≫と≪ラーガ≫の概念は、世界でも類を見ない物である。 抽象的に述べるならば、≪ターラ≫は、ある空間の場という容れ物を提示する物である。≪ラーガ≫は、その容れ物を満たしている空気を彩る物である。 一般に≪ターラ≫は、拍節やリズムとして捉えられることが多いが、最も適切な言い方をするするならば、「時間の長さを司る枠、または箱」である。 例えば、「4+2+2」拍子として示される≪ターラ≫は、「1拍分を一つの時間の単位とする中で、(4拍分の時間の長さ+2拍分の時間の長さ+2拍分の時間の長さ)、これを一つの大きな時間の長さ」と言える。そしてこの時間の単位、1拍分の時間的拡がりは、神に属する物であり、人間個人の感情などによって速めたり遅めたりすることはできない物とされている。 一方、≪ラーガ≫とは、一本の線に比することのできる≪道程≫である。≪ラーガ≫において、ある音から次の音への以降とは、段階的に変化する物ではなく、次の音に移るための≪道程≫である。ある音は、その前の音の終わりでもあり、次の音に至るための始点でもある。つまり、音程として示されているのは、音から音へ移る際の追加点である。そのため、≪ラーガ≫は、12音などで示せるものではなく、その音から音に移る際に定められている≪ガマカ≫によって結ばれた、一本の線なのである。音程として示されるのは、その≪道程≫のある瞬間の連結点である。 その≪ターラ≫と≪ラーガ≫の考え方から、カルナーティック音楽は成り立っている。つまり、神に属する時間をペースにし、決められた≪ガマカ≫に則って≪ラーガ≫を展開してゆく。そのため演奏上重要なのは、入れ子構造を持つ拍と≪ターラ≫を明確に示すことと、≪道程≫としての≪ラーガ≫を正しい≪ガマカ≫で演奏することである。 ≪ターラ≫を明確に示すのに適切なのは、≪ターラ≫の始めと終わりをはっきり示すことである。特に重要なのは、≪ターラ≫の最後の拍を示すことである。なぜならば、終わりが明確に示されることによって次の始まりに対しての意識もまた、明確に生まれるからである。そのため、演奏の上で最も重要なのはアウフタクト(上拍)をしっかり取ることによって≪ターラ≫の終わりが≪ターラ≫の頭に回帰することを示すことなのである。その結果として、我々は音楽を奏でる場を初めて確保できるのだと考える訳である。つまり、単なる物音が、時間の長さの始めと終わりという生と死を成す器を持つことによって、音楽となるのである。そのため、この≪ターラ≫の考え方を輪廻思想と比して、結びつける見方もある。 そのことは、≪ラーガ≫においても同様である。≪ラーガ≫において、ある音から次の音への以降とは、段階的に変化する物ではなく、≪道程≫である。ある音は、その前の音の終わりでもあり、次の音に至るための始点でもある。つまり、音程として示されているのは、音から音へ移る際の連結点・追加点である。その一点は、音の始まりであるのと同時に死でもあるのである。言うなれば、生と死が混在している一点である。 その音程としての点から点までを結び付けているのが、≪ガマカ≫である。≪ガマカ≫は、各≪ラーガ≫によって、次の音への動き方が決められている。つまり、道順が決まっている。そしてその道順は、各≪ラーガ≫において、代々受け継がれる中で磨き上げられてきた『道理』であると言える。 ≪ターラ≫場合、演奏上重視されるのは、その≪ターラ≫の時間の長さを、いかに数学的な美しさを持った分割をできるかである。つまり、足し算、掛け算、割り算の計算がいかに複雑であるか、ある特定の≪ターラ≫の時間の長さの中でその計算がターラの最後と見事に合うか、そしてその分割によって生じる間合い、それが聞き所である。例えば、(4+2+2)×64=512拍子という時間の長さの中で、いかに洗練され美しく、複雑な分割を行えるかが、その演奏家の技量とされる。つまり、(3+10+5)拍子の長さの単位を、32回繰り返し、その最後の辻褄が見事に決まることを最高の美しさとしている。重要なのは、辻褄が合うかどうかであって、その過程はいかなる不具合があったとしてもかまわない。そこで重要なのは、その分割がいかに数学的な美しさを持っているかである。つまり、ターラは数学的な美しさをその根幹に持っている。 一方≪ラーガ≫は、ある特定の情感(ラサ)を感じさせる素材である。そのため、≪ラーガ≫は、移ろうある特定の雰囲気を感じさせるための道具である。そのため、≪ラーガ≫は、移ろうある特定の雰囲気を示すように扱われる。その結果、演奏上重視されるのは、いかに演奏者がラサを明確に捉えきり、それを見事なイマジネーションでもってそれを具現するか、つまり≪ラーガ≫の変奏にその主眼が置かれることとなる。 インド哲学の根幹の教えは、「宇宙は音で出来ている」である。単なる物音が、≪ターラ≫という回帰する器を得、物事を認識するための場を獲得する。そしてその音楽の場から逆算することで天道を見んとする。そのためにこそ、≪ターラ≫は人知によって揺るがしたりすることなどなってはならない。そして、その≪ターラ≫の上に、生々流転を続ける上での『道理』、つまり≪ガマカ≫によって繋がれた≪ラーガ≫が展開される。これがカルナーティック音楽の奥底にある背景である。 |
実を言うと先程のペルシア数学の発展は、一つの大きな要素が入って発展したことを述べなければならない。それは、インド数学・占暦である。また、「0(ゼロ)」の概念を初めて編み出したのは、インド数学であることを忘れてはならない。「0(ゼロ)」の概念が入ったことでペルシア数学の大きな発展はあった。その影響を与えたインド数学・占暦は、古代インド文明においても非常に高度なレベルにあったとされている。また、そこでの哲学では、音楽と数学・占暦とが結びつけられ考えられていたらしい。その伝統が、ヴェーダの一説「宇宙は音で出来ている」として残されているのである。 この古代インド文明を生み出したとされるドラヴィダ族の末裔と一般に見られているのが、現在の南インドの人々である。その彼らが、何千年もの歴史の積み重ねの結果産み出した音楽、それがカルナーティック音楽である。それ故、カルナーティック音楽が、非常に数学的な美しさを求める音楽となっているのは、何ら不思議が無いことだと言えるだろう。現在でも、その伝統は生きており、カルナーティック音楽の演奏会では、この分割の妙味を味わう部分になると、観客が皆、手で拍子を数え始めるのを確認することができる。 芸または芸能において最も大切なのは、何かを表現することではなく、何かを映すことである。そしてそのことを突き詰めた音楽が≪鏡≫として私たちに映し出すのが、純粋に人知と関りなく摂理である。自身が事象を映し出す≪鏡≫そのものとなるには、代々受け継がれる中で純化されてきた、≪道理≫を≪道理≫そのものとして演奏することである。その≪道理≫に適ったことを日々行い続けることで、知らず知らずのうちに、摂理と一体化する。つまり、≪道理≫が≪道理≫として行われるよう、無私になることで≪鏡≫となる。そこで見えてくるとされているのが、「宇宙は音で出来ている」である。ブラーミンが代々受け継がれる中で抽出してきたその背景から、カルナーティック音楽は、ブラーミンの音楽として成り立ってきていたのである。 その摂理に適った音の生々流転。それが、宇宙の中に、和音を感じ、音楽として表象させた物であり、その音楽が、数学的なものへと近づいていった理由だと言うことができるだろう。そしてそこに聞くことができる音楽は、占暦を強く意識させる音楽になっている理由だと言ってよいだろう。 |