2004年7月18日 Workshop ≪特別講演≫
南インド映画と政治とのかかわり=神智学運動と南インド社会=
講演 : 神戸学院大学人文学部 赤井敏夫 教授
ルクミニ・デヴィの古典舞踊復興

1 . デーヴァダーシス制ははたして「売春」か?
影のカーストとしてのデーヴァダーシス
→これを「隠微な」組織と考えるのはヴィクトリア朝特有の近代的発想。在印白人も開明派インド人、社会改革論者もすべてこの視点に立っていた
歴史的に脈々と実在しながら、ブラーミンとの外婚によってしか社会と接触しないデーヴァダーシス・カースト
←社会の構成要素としては組織化されていない組織
存在しながら存在しない「中有」にあるデーヴァダーシス
←この両義性が聖と俗とのあいだを橋渡しする機能をはたす

2 . デーヴァダーシス制の背後にある女性原理
デーヴァダーシスはブラーミンの子種を宿すことで、神との接触をはたす
ブラーミンは神の子種をもたらすが、神そのものではない。ブラーミンはむしろ男性原理を具現する階級で、ヴァルナ(種姓)制にもとづいて社会を再編成するセキュラーな(世俗の)存在
非ブラーミン男子は、寺社儀礼においてデーヴァダーシスと媾合することで、聖なる世界と接触する機会を得る
デーヴァダーシスは儀礼で歌舞音曲を「奉納」することで、神に直面し、返礼する

3 . 正宗デーヴァダーシス舞踏とバラタナティヤムとの間の質的断絶
バラタナティヤム=教育機関という近代的組織において教授される
学校のいうセキュラーな空間で伝授され、アランゲトラム(arangetram) というセキュラーな空間で公開される
寺社儀礼という文脈の解体、グル・シシャ制度(師から弟子への直接伝授)の破壊
舞踏儀礼の大衆化=原理的には、教授の対象はジェンダー、人種、宗教、カーストの区分がない
←神との交流を機軸とするカースト制の否定
聖なる芸能の「商品化」←現在バラタナティヤムはさまざまな流派が分立し、ハイカースト子女にとって婚前に必須な「お稽古事」となっている。お披露目会(アランゲトラム)のために大金が投ぜられ、何名もの花婿候補とその家族が招待される。めぼしいアランゲトラムには芸能プロダクションのリクルーターも参加し、これをきっかけに映画デビューをはたす女優が多い

4 . 結論として
バラタナティヤムの起源はデーヴァダーシス舞踏にあることは間違いないとしても、近代化・世俗化することでまったく異質なものへと変化している
聖→俗の変質のプロセスは神智学協会が近代思想史のうえで行ったものと同質
←いかに東洋的・宗教的な外見を持とうとも、本質的には近代化=世俗化を推進する運動
その意味で古典劇復興が神智学運動から発生してきたことは、まったく自然な流れであったといえる

5 . ただし…
OSE活動の末期にアランデールにより提唱されたワールド・マザーの概念には、デーヴァダーシス制由来のものがある可能性がある
アガスティヤ(インドの母性を象徴するもので、ワールド・マザーはこれの化身とされる。身体論的にはシャクティと同一視される)がルクミニに受肉する発想には、デーヴァダーシスの社会的機能と平行現象がある
しかしそれを裏づける資料は刊行されていない