2004年7月18日 Workshop ≪特別講演≫
南インド映画と政治とのかかわり=神智学運動と南インド社会=
講演 : 神戸学院大学人文学部 赤井敏夫 教授
ドラヴィダ運動と民族的コミュナリズム/

1 . 初期トーキー時代のタミル語映画
カンパニー・ドラマ(巡回演劇)の映像的再現
映画独自の映像文法が知られていない状態

2 . ハリウッド・テクノロジーとハリウッド的映像文法の導入
ハリウッドで映画制作に携わった経験を持つ、エリス・R・ダンカン、M・L・ダンドン、マイケル・オマーレフが1935年に来印
従来あった30〜40曲の歌舞音曲のシーンを3〜8曲にまで縮小
←歌劇的要素が希薄化し、相対的に科白の重要度が増大する
本格的な屋外ロケの導入と、それに伴う動的カメラによる映像の確立

3 . エリス・ダンカンをめぐる謎
17年間マドラスに滞在したにもかかわらず、わすか10本しか映画制作に携わっていない
来印以前にフランス〜東欧を広く旅しているが、資金的背景が明らかではない

4 . 南インドの地政学上の重要性
東インド会社時代から対中国貿易のためのシーレーンの要諦としての地位を占める
英印中の三角貿易の面からすると、マドラス管区の重要度は高くない
←ベンガル管区のアヘン栽培、北インドの綿花栽培
戦略面からしてもっとも重要なのはNWFP(北西辺境州)
←ロシアの南下政策に対する防衛線
アヘン貿易禁止の圧力をイギリスにかけたのは誰か、またそこから最大の利益を得た者は?

5 . 神智学協会=反英エージェント説の真相
ブラヴァツキー=ロシア・エージェント説
ブラヴァツキーはなぜ米国籍を取得できたのか
オルコットの世界仏教連盟創設の背景にあるものは何か
アジア覇権をめぐるアングロ・サクソン内部での暗闘